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CSIRTの役割は「企業の消防署」である|事故を前提としたリスクベースの思考法

「CSIRT(シーサート)を設置したら、セキュリティ対策は万全だ」

そう言い切れる人はどれだけいるでしょうか。むしろ、「CSIRTがあるのに事故を防げなかった」と責められるのが怖いという思いが強くなりませんか?

せっかく体制を作ったのに、なぜ現場はこれほどまでに不安なのでしょうか。その理由は、多くの組織が「ゼロリスク」という呪縛に囚われているからかもしれません。「セキュリティ事故を絶対に起こさない」という目標を掲げるのは、たとえるなら「世の中から火災をゼロにする」と言っているようなものです。

結論を言えば、CSIRTとは完璧に守り抜くための魔法の杖ではなく、被害を最小限に抑えて事業を継続させる「消火活動のプロセス」そのものです 。

この記事では、名ばかりの組織を卒業し、あなたの施設の安全を本気で支える「動くCSIRT」の作り方について、私の考えをお話しします。この考え方を知っているかどうかで、万が一の時にあなたが下すべき判断の重みが、大きく変わってくるはずです。

本記事の著者

S.R(セキュリティ・コンサルタント)

証券システムの開発統括を経て、大手ネット証券にてシステム開発部長を歴任。2016年より同社にてセキュリティ部門を単独で立ち上げ、700名規模の組織におけるCSIRT導入と運用を主導しました。金融ISACでは脆弱性WG初代座長を務めるなど業界連携にも尽力しています。

現在では、証券・FX・流通業界等の企業に対し、CSIRT構築、金融庁ヒアリング対応、FISC導入支援などのコンサルティングに従事。インハウスでの組織立ち上げ経験と、外部専門家としての支援実績の双方から、実効性のあるセキュリティ体制構築を提案しています。

サイバー攻撃のトレンドは日々変化します。MPSのメールマガジン「セキュリティレポート」では、金融ITの最前線で分析した「今、現場が警戒すべき最新事例」を定期的に配信。他社の教訓を、貴社の運用設計に活かしてください。

目次

なぜ、あなたの会社のCSIRTは「名ばかり」になってしまうのか

世の中の解説記事を読んでいると、CSIRTを作ればすべての脅威から守られるかのような錯覚に陥ります。しかし、現実は非常に厳しいものです。実際にCSIRTを立ち上げた組織の多くが、「構築はしたけれど、本当に機能するか自信がない」と漏らしています。

その最大の原因は、経営層の無理解からくる「やらされ感」、そして「ゼロリスク」という幻想にあります。

「火災ゼロ」を目指す無理ゲーをしていませんか?

ここで少し、私たちの街にある消防署をイメージしてみてください。消防署の目的は、世の中から火災をゼロにすることでしょうか。たしかに火の用心を啓発はしますが、本質的な役割は、火災が起きたときに、いかに早く駆けつけ、延焼を最小限に抑えるかという点にあります 。

セキュリティも全く同じです。「セキュリティ事故を絶対に起こさない(ゼロリスク)」という目標は、現代のネットワーク社会においては、もはや達成不可能な「無理ゲー」でしかありません。大切なのは、事故は必ず発生するという前提に立つ「リスクベース」の思想です。

事故をゼロにするためにガチガチのルールで縛り、現場の動きを止めてしまう。それでは本末転倒でしょう。むしろ、煙が上がったときに誰がどこに連絡し、どうやって消火活動を開始するかというプロセスを常識化し、組織に浸透させることこそが、CSIRTとしての第一歩になります 。

「筋トレ」をしない消防隊員はいない

CSIRTを「名ばかり」にさせないためのもう一つの鍵は、日々の「筋トレ」にあります。

消防隊員が平時に筋トレやランニングを欠かさないように、CSIRTもまた、日頃からの情報収集や教育啓蒙、そして訓練が欠かせません 。攻撃は目に見えませんし、その手法は日々高度化し、複雑になっています。

「構築したものの自信がない」という懸念は、ある意味で非常に正しい感覚です。それは、自分たちの消火能力、つまり対応力が現状の脅威に対して十分かどうかを、真剣に自問自答している証拠でもあります。

まずは完璧を求めるのをやめることです。その上で、いかに効率よく情報収集を継続し、有事の際の動きを組織の筋肉として覚え込ませるか。そこから「動く組織」への転換が始まるわけです。

中堅・中小企業が「これだけは妥協してはいけない」ポイント

ネットでセキュリティの情報を集めていると、CSIRTの他にもSOC(ソック)やPSIRT(ピーサート)といった、アルファベットの専門用語が次々と登場します。「これらを適切に配置しましょう」と書かれた記事を見て、あなたは「そんなにたくさんの部署を作るなんて、現実的じゃない」と感じたのではないでしょうか。

たしかに、リソースの限られた中堅・中小企業において、これらをすべて個別に立ち上げるのは不可能です。ここで大切なのは、言葉の定義に惑わされず、自分たちに必要な「守りの核心」を見極めることでしょう。

SOCやPSIRTという「壁」を正しく理解する

まず、これらを無理に自社で抱えようとする必要はありません。それぞれの役割を整理すると、以下のようになります。

  • PSIRT:自社で製造・販売する製品(IoT家電やソフトウェアなど)のセキュリティを守るチームです 。
  • SOC:高度な専門知識を持ったプロが、サイバー攻撃を24時間体制で分析・対策する専門センターのことです 。

ここで誤解されがちなのがSOCの存在です。よく「運用監視=SOC」と思われがちですが、実際には非常に高度なスキルを持つ専門家を複数人必要とする組織であり、気軽に設置できる部署ではありません。

一般企業が日常的にSOCを稼働させるのはコスト面でも非現実的です。サイバー攻撃が強く疑われる際に、短期間だけ専門的な分析を外部のSOCへ依頼する、というのが実務的な落とし所になるわけです。

SOCをアウトソーシングする際の考え方については別の記事で書いています。以下も参考にされてください。

妥協してはいけない「自社の目」

では、多くの機能を外部に頼る中で、私たちが妥協してはいけないポイントはどこでしょうか。

それは、「どこから侵入され、どこまで感染が広がったのか」を判断できる能力です 。

マルウェア(悪意のあるソフト)の駆除や詳細な解析自体は、外部の専門家にアウトソースしても構いません。しかし、自分たちの施設のどこが「火元」になり、どこまで被害が及んでいるのかという状況把握まで人任せにしてはいけません 。

侵入経路や感染経路が自社で判断できない状態は、セキュリティ事故において最も危険な「妥協」となります 。たとえスモールスタートであっても、自分たちのシステムの「今」を正しく把握できる体制だけは、死守しなければならないというわけです。

現場が「板挟み」にならないための経営層との握り方

少し想像してみてください。待望の大型バーゲン初日、システムに不審な動きが見つかったとします。もしこれがサイバー攻撃なら、被害を広げないために今すぐ全システムを遮断すべきでしょう。しかし、そんなことをすれば当日の売上はゼロになり、お客様からのクレームが殺到します。

現場のリーダーが、自分の判断だけでこの「シャッターを下ろす」ような決断を下せるでしょうか。そんな重責を現場に背負わせること自体が、組織として大きな無理があると言わざるを得ません。

「権限」よりも「プロセス」を明確にする

現場が板挟みになって動けなくなるのは、決してリーダーの度胸がないからではありません。それは、業務分掌や責任範囲が曖昧なままだからです。

有事の際に現場が担うべきは、消火活動や原因究明といった実働部隊としての役割です。会社利益に直結するような重大な判断は、現場ではなく経営層が行うのが本来の姿でしょう。

CSIRTは社長直轄のポジションに置くことが望ましいとされています。セキュリティ対策が他の部署の利益(売上など)と相反しやすいため、独立性を保つ必要があるからです 。

つまり、あらかじめ「どのような事態が起きたら、誰の承認を得てシステムを止めるか」というフローを明確にしておくわけです。この手順を「コンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)」として策定し、取締役会などの承認を得ておくことで、現場は迷わずに動けるようになるということです 。

「リスクベース」という共通言語を持つ

経営層との合意形成において、最も重要なのは「リスクベース」の考え方を共有することです。

「絶対に事故を起こさない(ゼロリスク)」を求めるのは、世の中から火災をゼロにしようとするのと同じで、非現実的です。大切なのは、リスクの発生を前提とした上で、どのシステムや情報を優先的に守るかという優先順位をつけることです。

対象を明確にし、優先度の高いものに限定して情報収集や対策を行う。この「守るべきものの選別」について経営層と握っておくことで、限られたリソースを正しく配分できるようになります。

現場と経営層が同じリスクの物差しを持つ。それこそが、いざという時にスピード感のある対応を実現するための、唯一の突破策になるのではないでしょうか。

自信をつけるための「筋トレ」の始め方

「CSIRTの重要性はわかったけれど、具体的に何から手をつければいいのか」と、途方に暮れてしまうかもしれません。たしかに、膨大なマニュアルを前にすると、足がすくんでしまうものです。しかし、最初から完璧なマニュアルを目指す必要はありません 。

まずは、小さな一歩から始める「スモールスタート」が、実は最も確実な道なのです 。

活動の軸となる「ミッション」を言葉にする

何のためにこのチームが存在するのか。この「ミッション」を定めることは、活動の停滞を防ぐ大きな助けになります。

ミッションは、誰のために、何を行うかを端的な短文で記載することが求められます 。「情報漏えいを未然に防ぎ、発生した際の被害を最小化することで事業の継続性を確保する」といった明確な軸を持つわけです。

これがあれば、日々の細かな判断に迷ったとき、いつでも原点に立ち返ることができます。

「信頼」という名の通行証を手に入れる

CSIRTが組織の中で自由に動き回り、効果的に機能するためには、各部署からの「信頼」が不可欠です。

最初から全幅の信頼を得るのは難しいかもしれませんが、各部署の悩みや課題に耳を傾けることから始めてみてください。セキュリティの勉強会を提供するといった地道な活動を通じ、徐々に信頼の輪を広げていくことが肝要です。

各部署にいるセキュリティに詳しい「キーパーソン」を見つけ、その人たちとの連携を確立することが、縦割りの組織を突破する鍵になります 。

情報の洪水に溺れないためのフィルター作り

「リスクベース」の運用を支えるのは、日々の情報収集という名の「筋トレ」です。しかし、世の中に溢れる脆弱性情報や攻撃事例をすべて分析するのは、少人数のチームでは不可能です。

そこで必要になるのが、情報の「フィルター」です。自分たちが守るべきシステムや情報の優先順位を明確にし、リスクの高いものから優先的に分析するルールを作ります。

最初は抜け漏れがあっても構いません。事故が発生した際にそのルールを修正し、フィルターの精度を少しずつ高めていけばいいわけです。

こうした日々の積み重ねが、いざという時の「消火能力」に直結します。一足飛びに最強の消防隊を目指すのではなく、まずはバケツリレーの練習から始める。そんな軽やかなスタートこそが、今のあなたには必要なのではないでしょうか。

まとめ:自信のなさを、しなやかな強さに変える

「構築したものの、自信がない」

この記事の冒頭で触れたこの言葉の裏には、自社のシステムやお客様の大切な情報を守ろうとする真摯な責任感が隠れています。自信がないのは、サイバー攻撃が常に変化し、高度化しているという現実を、あなたが正しく捉えている証拠でもあるわけです。

完璧な防御壁を築くことは難しいかもしれません。しかし、私たちが目指すべきは「難攻不落の要塞」を作ることではなく、たとえ傷を負っても立ち上がり、歩みを止めない「しなやかな組織」を育てることです。

そのためには、まず「ゼロリスク」という重荷を、一度下ろしてみてください。セキュリティにおいて絶対のゼロを目指すことは、社会から火災を完全になくそうと願うのと同じで、実務上の正解ではありません。事故は起きるという前提に立ち、何が起きたら誰がどう動くのかという「プロセス」を整えること。そして、そのプロセスを経営層と共有し、組織の規程としてあらかじめ握っておくこと。こうした地道な一歩こそが、現場の板挟みを防ぎ、会社を守るための確かな土台となるのです。

もし、最初の一歩に迷ったなら、日本シーサート協議会が公開している「CSIRTスタータキット」を、まずはパラパラと眺めてみることをおすすめします 。そこには、多くの先人たちが運用で苦労しながら積み上げてきた、生きたノウハウが凝縮されています 。

私たちマネーパートナーズソリューションズ(MPS)もまた、金融ITの最前線で培った技術と知見を武器に、あなたの「止まらないサービス」への挑戦を支えたいと考えています。技術を社会に活かし、共に未来を創るパートナーとして、あなたの施設の安全に寄り添うことができれば幸いです。

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